320億光年彼方の幻夢郷

思ったこと、感じたことをのんびり書きます

DXMバッドトリップ体験

 

「天国に至る道は、地獄に至る道を熟知することである」―マキャヴェリ

もくじ

 

●前置き

「※この記事はフィクションです。たとえ合法であっても薬物の乱用を勧めるものでは決してありません」

 この文の後半はそうだ。間違いなく今のわたしの本心でもある。

 しかし前半は違う。あえて勇気を出して言うならば、これはフィクションではない。そして市販薬ODを行っている人の存在も、決してフィクションではない。それは紛れもない世の中の一部であり、現実である。現実である以上、現実的なマニュアルというものはなくてはならない。いくら口を酸っぱくして駄目だと言っても、ODを求め、行ってしまう人びとが今すぐに消え去るわけではないのだから。

 

 本題に入る。あのバッドトリップを体験するまで、正直な所「DXM?いいよね。音楽聴くのにサイコー」くらいの思いだった。もし他人にやるべきかと聞かれれば、「まあ、自己責任ではあるけど好きにすれば?」くらいの思いだった。

 しかし、今はこう思う。「得るものが無いわけではない。確かに素晴らしい面もあるかもしれない。ただし、絶対に勧めはしない、ましてや、遊び半分では、やらないほうが絶対に良い

 百聞は一見にしかずというが、百聞することで、一見してしまう前に学べれば幸せなこともあるだろう。この記事では、思い出せる限り鮮明にわたしのバッドトリップ体験を綴る。それ以上でもそれ以下でもない。「こんなにおっかないのだから絶対にやめるべき」なんて言う資格は、わたしのような人間には無い。もちろん「是非やるべきだ」などとも言わない。やらずに済むならば、それに越したことはない。

 さて、これを読まれる人の中には、わたしよりもよっぽど色々な意味で上級者な方などもいて、「おいおい坊や、こんなありふれた程度の体験で根を上げて、わざわざ記事にして啓蒙ぶってるのかい、とんだ甘ちゃんだな!」とも思われるかもしれない。けれども、それでもわたしがこの体験を記事にしたのは、バッドトリップとは、一度目の、何も前知識がない状態で経験することが最も恐ろしいと考えるからである。

 そしてわたしが恐れたのは「今まで平然と使ってきた量でも、いったん深みにハマると、こういうこともある」ということだった。だから、この記事を読んで欲しい方というのは、かつてのわたしのような「今まで特になんともなく、実は結構な量を、『結構な量』だと思わずに使っている」方である。

 

 念のためにもう一度書いておく。

「この記事は、たとえ合法であっても、決して薬物の乱用行為を勧めるものではありません」

 

●本題

●楽しいうちのトリップ

 あの日投入した量は720mg。名前は出さないがあの市販薬の24錠分だ。久しぶりのDXMだったが、この程度の量の経験はいくらでもあったし、特に何か、想像を絶するとてつもないことが起きるなどとは思っていなかった。

 投入からおそらく4~5時間ほど、音楽を聴いて楽しんでいた。音楽を聴くのには、DXMは本当に最適なものだと今でも思う。音楽を聴く方法、「スピーカー」、「ヘッドホン」、「生演奏」なんかのラインナップに「DXM」を並べてもいい。文字通り音楽に飲み込まれて一体化し、「完全な形で」音楽を聴くという体験。暗くした部屋で音楽を聴きながら、目隠しにタオルを掛けて目を瞑り、さまざまな幻覚を見ていた。

 世に音楽は数あるが、中でもキマっている時に聴くと、特に「キく」ものがある。 相性が良い、とでも言えばよいのだろうか。中には「サイケデリック・ロック」とか、どストレートにキメて聴くのを前提に作ったんじゃないか、みたいな音楽もある。一応誤解のないように言っておくが、なにも別に「キメて聴くと相性が良いような曲を作ったミュージシャンはみんな何かキメてる」などという暴論ではない。とはいえあらぬ誤解を産まぬよう、曲名は一応伏せておくが、いくつかの「相性の良い」曲は素晴らしい体験を与えてくれた。メロディーが、心に、精神に直接染み込んでくるような、そしてそれが心の中で花開き、視覚の三原色という制約を超えた、神秘的な、鮮やかなものを見せてくれる。そういう曲を聴くと、あまりにも入り込んで、深い所の底の底まで行って、思わず息をするのを忘れる。DXMには時間感覚を引き伸ばす効果があるので、せいぜい3分、長くて6分という曲たちも、長い長い神話や叙情詩を味わったような趣があり、聴き終わると、まるで映画を一本見終えたような満足感がある。歌詞の光景がありありと浮かび、その光景に入り込めるような、そんな体験。

 一つ印象深い幻覚体験があったので、書いてみる。シラフの今見てみると、どう見てもラリった人間の戯言の典型みたいなものだが、一応ありのままに見た感覚の景色を書く。

 無数の群衆がいた。ギリシア風の円柱が立ち並び、人々は月桂冠を被り、布で肌を巻く、古代ギリシア・ローマ風の服装。この時、すでに見えている時代や場所から、「キリスト」というワードを連想していたのだと思う。一応述べておくが、わたしはクリスチャンでは一切ない。わたしのような人間がクリスチャンを自称したら、方々から怒られるだろう。だが、あの光景は神秘、神の秘めごと、啓示というものをなんとなくわたしに理解させるものだった。群衆の中を、わたしは鷲のような速さで駆け抜けて、群衆の向こうの、小高い丘の上に立っている数人の人集りの真ん中の、黒髪の一人の男性に向かって突っ込んでいった。おそらくその男性は「イエス・キリスト」で、その時のわたしの意識はそう確信していた。風をきって、みるみるうちに近づいていく。しかし、どんなに近づいても、イエスの元にはたどり着かない。ちょうど「ゼノンのパラドックス」のように、わたしが近づけば近づくほど、イエスの姿は遠のいた。そして、次第にイエスを捉えるわたしの視界は暗く曇っていった。この時、わたしは聖書の「目を覚ましていなさい」、「聞く耳のある者は聞きなさい」という言葉を思い出していた。つまり、今のわたしには、イエスに近づき、たどり着く資格は無いということである。以上。

 

●きっかけ

 とまあ、このように音楽を聴いて浸っているうちは、非常に心地よいトリップだった。しかし、おそらく投与から5時間半から6時間後ほどの頃、時刻にすれば午前3時から4時、そのバッドトリップはやってきた。

 このバットトリップには、おそらくいくつかのきっかけがあった。幻覚剤のバッドトリップとは一般に、「セットとセッティング」に問題があると言われる。心身の疲れや不安はバッドトリップを引き寄せる。この時のわたしもそうだった。精神的に若干荒れていたし、身体も寝不足で少し疲れていた。

 またもう一つの要因として、この日のトリップ中、わたしは一貫して「現実への疑念」、及び「この世界は仮想現実なのではないか」という疑問を抱いていた。別に本気でそう信じているわけではない。少なくともシラフの今は、そんなことは半信半疑……いや、二信八疑くらいである。なぜそんな疑問を抱いていたのかと言えば、書いている小説の設定として、「現実を疑う」という題材があったためである。つまりこのトリップには小説を書くためのネタ出しや取材的な意味合いもあった。そのためトリップ中、わたしは幾度となく「今見ているこれは現実なのか?」ということを、意識的に疑ってかかった。閉眼幻覚だけでなく、拡張された意識によって知覚される世界全体を疑って、シラフの時には何の疑問ももたず生きている「現実」そのものを捉え直そうという試みだった。この「現実は現実ではない」という疑いの意識は、おそらくこのバッドトリップに多大な影響を及ぼした。

 きっかけとなった出来事はまだある。おそらく時刻にすれば3時半ほどだったか。トイレに行きたくなった。トイレは自室のすぐ隣にあるのだが、夏なので、廊下を通して自室のドアから向かいにある両親の寝室は、窓とドアを開けて風通しを良くしてあった。寝室のドアが開いているため、朦朧とした意識の中で「親を起こしたらマズい」という考えはあった。そして、トイレに行くのにドアを開た時、寝室で横になっている父が、スマホを眺めているのが見えた。これは別に珍しいことでもない。父は、夜中に起きて眠れない時に、スマホをぼーっと眺めるという習慣があった。ここで問題なのは、トイレに向かうわたしの姿が見られたかどうか、ということだった。今考えてみれば、真っ暗闇の中で、父はスマホに意識が行っていて、なおかつ、わたしを見ようと思っても、父の位置からは寝室の壁がさえぎって、ほとんど見えないのだからいらぬ心配だったと思う。しかし、その時のわたしの姿は、DXMをキメた人間特有の、ギクシャクとロボットのように動く、どう見てもラリった人間そのものだった。もし、家族にODがバレたら、という不安を感じた。ただし、その時点で感じた不安は、実際の所そこまで大きなものではなかった。酩酊する意識の思考でさえも、この程度ならいくらでも誤魔化せると思っていた。ただし、その不安は、紛れもなく「きっかけ」となってしまった。ふとよぎった不安は、朦朧とする頭に反響してこびりついた。そしてその時、わたしの意識の注意は「自我の連続性の破綻」に向いてしまった。

 「自我の連続性の破綻」とは、特に難しい意味でもなく、多量のDXMを摂取した時に特有の、ほんの一瞬前に行った行為を忘れてしまう、もしくは思い出せてもそれが果たして夢なのか現実なのかの区別がつかないという症状である。これまで何度もDXMはやったが、この症状はさして珍しいことでもない。何度も経験したことだ。しかし、この度のトリップの時には、それがいささか深刻すぎたこと、もしくはそれを過度に意識し過ぎてしまったことがマズかったのかもしれない。

 自室のドアを開け→廊下を一歩一歩ギクシャクと歩き→トイレのドアを開け→便座に座る。この時わたしは→で区切った工程を、次にまたぐ時には前の工程が、果たして夢なのか現実なのかわからなかった。しかし、その時はまだ、わたしには余裕があった。いつだったか、個人輸入したもので780mg程の量でトリップした時には、狭い自室の中で、本当に距離感が分からずに、ふらふらとさまよったことがあった。それに比べれば、なんとかトイレに行けている今なんて軽いもの、と思ったのである。だが、以上に挙げたいろいろな要因が重なって、ここからトリップは急速に危険な方向へと舵をきって行った。

 

●前兆

 トイレから自室に戻ったとき、もうこの時点で色々と怪しかった。なぜならば、次の瞬間にはベッドに横になっていたからである。本当に、途中の過程がすっ飛ばされてベッドにいた。何故?どうして?どんな過程を経て?トイレから自室までのわずか数歩の出来事が、唐突に、消えてなくなっていた。やはりこの時にも、もし家族にわたしの姿を見られていたら、という不安があった。今度はその過程の記憶が一切無いのだから、その不安はより色濃いものとなっていた。そして、徐々に湧き上がっては、酩酊した思考に残って離れない不安と恐怖が頭を埋め尽くしたとき、「非常にマズい」という予感がよぎった。今、この思考を、これ以上考えたら、間違いなく「ヤバい」と本能的に思った。自覚の全くない空白が、今この瞬間にあった。いや、本当に今?さっき?遥か昔のようにすら思える。そういった意識の混濁を自覚した時、恐怖はますます高まっていった。

 ベッドに横になって、カーテンの隙間から漏れる光や、パソコンのモニターの薄明かりにぼんやりと照らされる部屋の中で、わたしはどんどん深みにはまっていった。

 ここから先の出来事は、記憶の連続性が曖昧なため、正確な時系列に基づいているか、極めて怪しい。いや、これ以前の時点でもすでにそうだったのだが、それが更に加速した。わたしはベッドに横たわって、ぼーっと、ベッドの奥の壁をぼんやりと眺めていた。その壁をよく見ると、いや、シラフの時には絶対にそうは見えないのだが、壁に映る影が、なんだか人の形をした、幽霊のような案山子のように見えてひどく恐ろしく思えた。気持ち悪さもこみ上げてきて、この時初めて「ヤバい、もう寝よう」と考えたのだと思う。それまでは、またもう一度起き上がって音楽を聴きたいと思う余裕があったのだが、それが完全になくなった。

 最大の恐怖はここからだったと思う。

 

●バッドトリップ前編

 暗い部屋は、本当はパソコンの青や赤のランプやカーテンから漏れる薄明かりで彩られているはずなのだが、その部屋の景色が色あせてモノクロに見えた。唇と舌が痺れながら、なんだか目の前の自室の風景が、現実ではないような気がしてきた。しかし、その「現実ではない」という思考を、確信へと押し上げてしまったことが、真のバッドトリップの始まりだった。

 自室の風景を、「これは現実ではない」と思った瞬間、はっと、激しい離人感、つまり、自分が自分ではないという鮮明な感覚、それに、世界が急に黒、白、グレーのみに色あせて、没落していくような感覚、さらに、ひょっとすれば、わたしは死んだのではないかとすら思うような感覚が押し寄せてきた。知覚や思考、自我などから急速に「現実性」が喪失していった。

 そして、次の瞬間には、さっきトイレから戻ってきた時のように、別の体勢になってベッドに横たわっていた。ほんの一瞬で、仰向けから横向きに、その間の記憶は全く無く。

 いや、この時、今わたしがベッドに横たわっているという、その瞬間のこと以外が、まったく分からなかった。次の瞬間にまたベッドにいた。今度は座っていた。次の瞬間にはまたベッドに、また次の瞬間にはベッドに……と、それが何度も繰り返された。まさに無限ループだった。ループを繰り返すごとに、心の中に残った冷静さが失われて、パニック感が湧き上がってきた。

 一体、どうすればこのループから抜け出せるのか?わからない。これは夢か?夢ならいつ覚めるのか?いや、これは紛れもなく現実だ。夢のような現実なのだ。目ならとっくに覚めている。覚めている意識で見る現実が夢のように見えるのだから、覚めるわけがない。とすれば、一体、どうやったら抜け出せるのか、わからない。何度繰り返しても、次の瞬間にはまた、ベッドの上でモノクロの自室がある。抜け出せない。

 次第に血の気が失せて、呼吸が苦しくなって、身体が冷たいと感じるようになった。意識も、ひどく鈍重なものになって、離人感はますます激しくなった。ひたすら頑張って注意していなければ、意識が身体から引き剥がされてしまうような感覚だった。

 この時、わたしは明確に「死」を意識した。いや、ひょっとしたら、本当にわたしは、ODで脳の血管なんかが破裂してとっくに死んでいて、今、こうしてループを繰り返すこの状況とは、実は死後の世界なのでは?とすら思った。絶望の大波が精神に押し寄せてきた。本当に、どうやって何をしても、この無限ループから抜け出せる手段を、わたしは持ち合わせていない。どうしたら、いや、いつになったらこれを抜け出せるのか?まさか、ひょっとして永遠に?「これは、本当に、ヤバい」そう呟いたと思う。「なにかの冗談だろう」とも思った。しかし、それは悪夢のような、覚めない現実だった。

 わたしは必死で、こぼれ落ちていく冷静さを拾い集めてなんとか保とうとしていた。無理をして余裕ぶって、「なるほどね」とか「そういうことか」とか、何も分かっていないのに、何かにすがるように、そう呟いていた記憶がある。しかし、無理やり今の状況を分かろうとしても、ラリった頭では分かるわけがない。この時、わたしの精神は、「死」という根源的恐怖の、冷たく巨大な手に握りつぶされて、ボロボロの破片になって、それがポロポロと崩れ落ちていく感覚をはっきりと覚えた。それは感覚の上で言えば、決して比喩表現ではない。本当にそう感じられた。そしてこれ以上、その破片を落としてしまっては、絶対に駄目だと思った。本当に、発狂寸前だったと思う。いつ大声で叫んでもおかしくなかった。本当に、この時わたしが発狂しなかったのは、奇跡でしかないと、今でも思う。

 もしくは、ひょっとしたら、わたしは自覚がないだけでとっくに叫んでいて、今頃病院に担ぎ込まれて、担架で運ばれながら大声で絶叫しているのではないかという想像も頭によぎった。それを見る両親の顔が思い浮かんで、絶対に叫びはしないと固く誓っていた。

 今、この記事でわたしは必死に言葉を尽くしてあの恐ろしさを少しでも正確に伝わるように努めているが、それでも、この時の恐怖は決して言葉で言い表せるものではない。

 

 時刻にして4時半頃だろうか。次の混乱がやってきた。

 わたしが次に気が付いたとき、ベッドに横になってスマホを握りしめていた。スマホの画面は汗だくで、わたしはどうやら何かを必死に操作していたようだった。わたしの意識が戻る以前に、いったいわたしはスマホで何をしようとしていたのか?分からない。その時、DXM投入時からセットしていた時計のタイマーは、6時間とちょっとという頃だった。そして、最後にはっきりと意識してタイマーの時間を確認したのは、5時間に差し掛かったころだったはずだ。ゾッとした。あの永遠とすら思えた恐怖の無限ループは、実際の時間にしてみれば、ほんの1時間、いや30分、ひょっとしたら15分にも満たなかったのかもしれない。しかし、あの無限ループを体験していた時のわたしの意識は、紛れもなく、ほとんど永遠のような感覚だった。

 次の瞬間、わたしは何の脈絡もなく、椅子に座っていた。その時に、汗ばむ手で、机の天板を必死に握りしめて、その手ひらの感覚で、「これは現実だ、これは現実だ」と何度も自分自身に言い聞かせていた覚えがある。そしてまた、次の瞬間にはベッドに戻っていた。点けっぱなしだったはずのパソコンはいつの間にかスリープモードになっていた。いつの間にそうしたのか、まったく分からない。

 この頃になると、わたしは無限ループの時に感じていたとてつもない離人感こそいくらか薄れ、徐々に意識は回復していたが、次に、また新たなループに突入した。

 

●バッドトリップ後編

 次に意識がはっきりした時、わたしは汗だくのスマホを握りしめて、必死でパスコードを解き、Twitterやブラウザで「コンタック バッドトリップ」などと調べていたのだと思う。思う、というのは、その痕跡が検索履歴と僅かな記憶にしか残っていないからである。そして、次に意識がはっきりした時、前に行っていたはずのスマホでの作業をすべて忘れていた。わたしはいったい何をしようとしていたのか?前の意識からどれくらいの時間が経ったのか?意識はしばらく飛んでいたのか?それとも、ほんのわずか一瞬前なのか?

 「自我の連続性の破綻」が起きている今、一瞬前と、一瞬後、それこそ一瞬ごとの自分が、はたして同一人物なのかということすら分からなかった。アニメの一コマ一コマのように、わたしは瞬間瞬間には存在する。しかし、その瞬間ごとの連続性は、本当にあるのだろうか?一瞬前の自分を自分だと証明することはできるのか?この問題は、今なお、わたしの心につきまとっている。

 次の意識のわたしは、スマホTwitterのアプリを必死で動かしていた。知らないうちに知らないわたしが、自分のアカウントでなにか妙な投稿をしていないかとか、間違って変な画像なり動画なりをアップしていないかと不安になっていたからである。その作業の途中にも意識は途切れ、次の瞬間には、またアプリを開いてまったく同じ作業をする。それを何度も何度も、それを繰り返していた。

 この時、わたしはある恐れを抱いていた。それは、ラリったわたしが、知らないうちに、ひょっとしたら寝室で眠る家族に、何らかの危害を加えてしまっているのではないか、そんな恐怖だった。まずありえないと、その時のわたし自身、いくらか残った冷静さでは思っていた。しかし、万が一、万が一。前の意識の、知らないわたしは、いったい何をしでかしているのか全く分からないのだから、あらゆる可能性が頭の中を駆け巡っていた。もっとも、その最中にもまた意識は途切れてしまうのだが。本当にわたしが家族に危害を加えていないかを確認するために、自室のドアをゆっくり開けて、向かいの寝室を確認するという作業を3回ほど繰り返したと思う。そしてどうやら何ともないということ、そして特別なにも騒ぎは起きていないということで、わたしの意識は、なんとか安心を得た。

 スマホでの作業はまだまだ続いた。chmateという5chを閲覧するアプリを開き、Twitterと同じように、自分が妙な投稿をしていないか確認する。書き込み履歴を確認すると、最後に書き込んだのは前日の夕方だった。なんだかそれが、遥か大昔のことのように思えた。途切れ途切れの意識の中で、スマホの時計とタイマーだけが、唯一わたしに正しい世界の情報を与えてくれるものだった。時計を見て、またわたしは驚愕した。何度も何度も何度も、スマホを確認しては意識が途切れるという幾度とない繰り返しを経ても、時刻はほんの10分ほどしか進んでいなかった。

 

 それからは徐々に薬が抜けていき、意識の途切れは徐々に回復し、陽が昇り外が薄明かりに照らされてきた頃に、心の底から安堵したことをよく覚えている。

 おそらくバッドトリップのピークだったであろう、あの恐怖の無限ループはまさに臨死体験だった。明確な「死」という感覚を味わい、自分が壊れそうになった、わたしの人生でもおそらくトップになるであろう恐怖体験だった。

 

●反省タイム

 本当にトラウマになりかねない体験だった。実際その日の夜はまだ恐怖でわなわなと震えていたと思う。あの「死」の無限ループの感覚を忘れられなかった。ひょっとしたら、今生きている自分自身は、夢のようなものなのではないか。あの無限ループこそが真の現実であり、ふとした瞬間にわたしは目が覚め、またあの灰色の無限ループの世界に戻っているのではないかと。そう思って眠るのが恐ろしかった。もう二度と、DXMなんて使うか、と固く心に誓っていた。誓っていたのだが……

●バッドトリップから得たもの

 あのバッドトリップから二日ほど経った頃、まだ恐怖は残っていたが、同時にあのバッドトリップは得難い体験だったのではないかとも思うようになっていた。二度としたい体験ではとてもないが、得たものはあったようにも思えた。

 まず、「死」という恐怖を味わったことは、わたしが何気なく生きている日々がいかに貴重なものかということを教えてくれた。あの朝の「生きている」「帰ってこれた」という実感。双極性障害を患い、普段から死にたいと悩んできたわたしにとって、生のありがたみというものを実感する、本当に久しぶりの体験となった。

 どこかで聞きかじったことなのだが、バッドトリップで体験するものとは、その人が深層心理で恐れているもの、その人自身の弱さの象徴であるらしい。そして正しくバッドトリップと向き合い、それを乗り越えることができれば、それは貴重な財産になると。わたしは日頃、人生をひどく味気なく、不幸と絶望の連続だと考えて死を望みながらも、本心では死を恐れていたのだと、あのバッドトリップは、そう教えてくれたのかもしれない。

 そして無限ループの中で嫌というほど味わった、「現実の崩壊」という経験。この度のトリップは、小説の取材的意味合いがあるとは前述したが、これ以上無いほどの刺激的な取材であった。

 「夢」と「現実」の境。それは絶対的なもののように思えて、その実、1gに満たない化学物質によってその垣根は容易に壊れる。いや、それだけではなく、この脳が知覚し、「現実」だと考える物事は、すべて脳内の神経細胞と化学物質の伝達の産物に過ぎない。精神とは、決して絶対的なものではない。だからこそ、人は病む。しかし、本当の意味での精神、脳という臓器の脆さを知れたことは、わたし自身が患う精神の病気という概念をより理解する上で、意味のある体験だったと、わたしは勝手ながらに考えている。

 

●喉元過ぎればなんとやら

 さて、冒頭で散々警鐘を鳴らし、そして一時は「二度とDXMはやらない」などと誓ったわたしだが、その約一週間後にはリハビリと称して300mgでのトリップを行った。このおバカ。

 とはいえ、この程度の量では、よほど精神が不安定な状態であるとかではない限りはバッドトリップは起きないはずである。もっとも、DXMは非常に個人差が大きく、体質や体重によっても左右される上、さらに前述した通り、精神状態によってもトリップの良し悪しは変動するため、決して断言することはできないが。

 実のところ、今のわたしは、あのバッドトリップはもう懲り懲りだと思いながらも、心のどこかではほんの少し、また同じ体験を、修行のような心構えで、ほんの少しだけしたいと願っている。マゾヒズムもいいところなのだが、もしも、あのとてつもない恐怖を克服できたとしたら、わたしにはもはや恐れるものなどなにもないのではないか、いや、そこまで行かずとも、人間的に何か大きな成長ができるのではないかと、そんな期待をどこか抱いているのは、わたし自身にもちょっと信じられないのだが、どうやら本心である。

 そんなわたしの体たらくを見て、薬の依存って怖いわね、と思われるかもしれない。確かにわたしは精神的にDXMに依存している。しかし、弁解させていただくと、その依存の性質は、ブロンのような「やりたくてやりたくてたまらない」というものよりは「楽しかった旅行先にまた行ってみたいね」くらいの感覚である。まさにトリップである。

 色々と言い訳をしたところで、間違いなくわたしは愚かだ。とてつもない愚か者だ。だからこそわたしは、あの旅を、そしてあの悪夢の先を、ほんの少し、また見てみたいと思うのだろうか。

 

●終わりに

 なんだか冒頭とは打って変わってDXMトリップを賛美するような締めくくりになってしまったため、念のためにもう一度言っておく。

「この記事は、たとえ合法であっても、決して薬物の乱用行為を勧めるものではありません」

 やはりこの言葉は、紛れもないわたしの本音である。けれども、もうすでにODをしちゃってる悪い子は、くれぐれも、投与する量は、『慎重過ぎるほど慎重に』決めてほしい。どうしてもやるならば、少ない量から、少しずつ徐々に自分にあった量を探すことが、身体には当然悪いが、精神にとってはかろうじて安全だと、わたしは思う。

 少なくとも、720mgという多量は決して遊び感覚でやるべきものではない。600mg、いや540mgほどの量でも、なにかのきっかけで深みにハマれば危険だろう。

 

 薬物乱用は肯定されるべきものではない。しかし、百害あって一利なしと行けば良いのだが、どんな嗜好品にも一利や二利くらいはあるから人は依存するのだ。だからこそハームリダクションが求められるのである。

 

●結局一番言いたかったこと

 この記事を通してわたしが一番の目的としたかったものは、バッドトリップというものがいったいどういうものなのか、わたしが体験したほんの一例、しかし、わたしが知っている唯一の事例を、知ってもらいたいということだった。

 もしもあなたが、DXMでバッドトリップを経験してしまったとしても、その最中に、この記事で読んだことなどをを思い出して「ああ、これなら知っているぞ」と、少しでも安心を得ることができたとすれば、その恐ろしさは少しでもマシになるかもしれない。おそらく、うっすらとでも知っているのと知っていないのとでは、大きな差があると思う。わたしは、そういう目的でこの記事を書いた。

 そして、散々脅かすような書き方をしたが、かなりの多量かつ、不安定な精神状態で、過度な不安を抱いているのでなければ、おそらく、そうそうここまでのバッドトリップを体験することはないと思う。しかし、やはり断言はできない。万が一ということもある。結局やらないに越したことはないとは何度でも言っておく。けれども、どうしてもやるならば、リスクを頭に入れた上で、くれぐれも慎重を期すようにされたい。

 もう一つ、「リスクを承知でどうしてもやるならば」という前提に立って言うならば、バッドトリップとは、あくまで旅(トリップ)だ。旅とは、最後には元いた場所に帰るものである。そして無事に帰るためには、帰路をきちんと知っておくことだ。体験している時はいくら永遠のように思えても、バッドトリップは永遠ではない。耐え忍べば、かならず帰ってくることはできる。

 けれども、軽はずみな気持ちでたった一回やった初めてのトリップで、見事にバッドにハマってしまい、耐えきれず叫んでしまって家族や隣人にバレて病院に担ぎ込まれた挙げ句に大目玉を食らうとか、それこそ恐怖のあまり本当に発狂してしまって、時間が経って元に戻ったとしても、長く残るトラウマになってしまうことも十分にあり得る。だからこそ、どうしても危険を覚悟でやるならば、バッドトリップを体験するとこんなことが起きるのだと、事前に知っておくことで備えておくという意味でも、知るということは重要である。

 ついでに一応保険のために言っておくけれど、わたしは違法品に手を出すのは全くの論外だと思っています。

 

 

「『勇気』とは『怖さ』を知ることッ!『恐怖』を我が物とすることじゃあッ!」―ウィル・A・ツェペリ